2016年04月28日

海の底のボクサー

マンダラ2に初めて出演したのは
1999年12月でした。
初めて作ったアルバム「バニラのレイプ」の発売後のライブでした。
この時から浅井さんがほぼずっとPAでした。数年前その浅井さんはご実家の長野に帰られました。
マンダラ2の音響は素晴らしく、歌い手の立場からすれば理想的で、全ての小さなつぶやきや吐息も表現として成立させてくれる安心がありました。反面レコーディングしているみたいなひりひりさと、心の声まで見透かされる怖さもあったけれど、私はそれが好きでした。青い海の底で眠りながら唄うような気持ちよさでした。寝言もあったかもしれませんね。

浅井さんは、以前話しましたが、若手の育成がスパルタでもしかしたら時代的にはあってないのかもしれませんが、ものすごく愛情深い方だから、なんだか私はボクシングのコーチみたいだなあと思っていました。ひとりの惚れたボクサーを育てるみたいな。

浅井さんがマンダラ2を去られ、あのPAではもう唄えないのだなとさみしさでいっぱいのまま港ハイライトのライブを迎えました。

引き継いだPAさんはこれまでサブ的に音やあかりを作ってくれていた青年でした。彼はからだが細くて顎もしゅっとして、いつも半袖のTシャツでなにより、声が爽やかで言葉も丁寧で素直な笑顔をいつも見せてくれる方でした。よく浅井さんがPA卓の向こう側ですこーしノリノリにディレイ飛ばしたりするのが私は好きで、その青年もそのそばですこーし嬉しそうにからだを揺らす姿をみたことがあります。

私はマイクの指定はありません。そこの方がえらんでくれた、すなわちこの空間のこの声にはこのマイクと判断した結果だから。そうじゃない適当なライブハウスもあるけれどね。。自然に縁がなくなりました。

浅井さんはいつも同じ黒いマイクを
私の前に用意してくれました。
そして、その青年もしっかりと引き継いで、だまって同じマイクを用意しました。このときの嬉しさを私はわすれません。

本番の音は浅井さんがレコードみたいで、青年はCDです。わかりやすく言えば。
私は昨年初めてレコードとCDをリリースしました。このときにアナログとデジダルな音についてたくさん感じたことがありました。レコードを聴いた世代ですからCDが現れたときのビビッドな音のキラキラ。どきっとした記憶。レコードは生々しさはあるものの聴き慣れた音、安心感の中にみつけるどきどき。どちらにしてもどきっとする音楽やことば。私の好きな音楽はそれです。だから、レコードもCDもリアルな世代の私は贅沢な世代です。そしてどちらも好き。アナログはあったかい、デジダルは冷たいなんて感じたことがないのです。そんな違いを浅井さんと青年のつくるPAに感じました。港ハイライトにはもしかしたら青年の作る音がおもしろいかもなあと思いました。

昨夜マンダラ2に青年の弾き語りをふらりと聴きに行きました。お客様は4人でした。

青い海の底に置かれたグランドピアノの前で青年はうなだれ祈り、Tシャツに裸足のボクサーのようでした。

次の瞬間、
夕暮れまで無邪気に泳ぎまくり、生温い風でそのシャツを乾かしながら唄う青年。時々からだにくっつくのがきもちわるくて、からだを揺らしマイクのしたをくぐったりからだを拗らせたりして一生懸命うったえていました。もっとこうしたい、もっとこうなりたい、もっとうまくなりたい、もっとやさしくなりたい、もっとお金が欲しい、もっと時間が欲しい、もっと愛したい、もっと愛されたい、もっといいうたがうたいたい。もっと自由になりたい、もっとおとなになりたい。

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posted by ノラオンナ at 12:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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